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オートリバース

何を思ったのか、突然はてなダイアリーから引っ越しをして、またやっている。これは一体どういうことなのか。あのときの俺の考えがよくわからない。ダイアリーに居座っていれば良いのに。ブログに引っ越しをするメリットがその時にはあったということなんだろうが、やっぱり理解出来ない。

今は総世代インターネット時代だ。何を言っているのかわからないと思うがインターネットにどんな人もいるということだ。昔は、少なくとも俺が中学生くらいのときはインターネットをやっているということは結構「すごい」ことだった。Windows95というOSを使って、ダイヤル回線を使って、膨大な時間をかけてポルノサイトを閲覧するというのが大人だった。一枚のjpegが表示されるのにカップラーメンは出来上がる時代。そんな時代からあっという間だった。インターネットは今やみんなのものになった。本当の意味でみんなのものになったのだ。

それこそ中学生のときの俺が好きだった人がインターネットをやるなんていう考えはなかった。もしかすると俺のサイトを今、なんらかの方法で知って見たとする。恐ろしい。きっと気持ち悪がられる。そうに決まっている。俺の偏って、気持ちの悪い考えを書き連ねるゴミブログを見て辟易するに違いない。そういう恐怖がもう迫っているってことに気付くべき。インターネットをみんなのものにしたのは間違いだったかも知れないと反省するべき。

簡単なのが手に負えない。簡単にインターネットに接続出来てしまう。スマートフォンを買ったときから彼も彼女もインターネットの一部として動き始めている。「へー、こんなこと出来るんだ」みたいにツイッターフェイスブック、タンブラーにはてな、「O.K.Google」に「Hey Siri」ときたもんだ。こうなると俺はおしまいだ。親しい友人が4WDというハンドルネームで俺がインターネットにいち早く参加してゴミみたいなサイトをやっていたことを吹聴して回るんだ。みんなが知ってしまうんだ。もう死ぬんだ。きっとそうするしかない。

ああ、逆に考えるとすごくポジティブにも捉えられるよね。例えば俺が超絶イケメンで(そんなことは決して、断じてないが)、中学生のときに好きだった女の子に連絡を出来るチャンスがあったのなら、まあこの場合はツイッターフェイスブックが使われるのだと思うけど、なんとかコンタクトを取って、なんらかのお誘いをすることが出来る。そしてイケメンなんだから、その女子もコロっといっちゃうわけですよね。まあイケメンじゃないんだけど。

間違った人生だったのかも知れない。こんなことになるのなら最初からインターネットでの活動は控えるべきだったし、仮にインターネットでこうして文章を書くにしても、もう少しちゃんとしたものを書いてくればよかった。数多くのインターネット本の中の一冊に俺のサイト名が書かれているものがあるが、たった一冊だ。本当によかった。俺のゴミサイトが大ヒットしなくてよかった。今も侍魂というサイトがたまには世の中に出てくるだろうが、「夜霧よ今夜も有難う」というサイトがあったということは一年に一回も出てこないだろう。これはラッキーだった。しかし、まだ活動しているということは危険。目隠ししながら綱渡りをしているような状況。すっげー危険だよ。「感覚を頼りに」じゃないよ。最初からお前のその感覚がおかしいことにどうして気付かないんだ!

俺の友達はきっと今、現在の暮らしはうまくいっているんだろうと思う。だからこそインターネットになんかすがらない。インターネット、今の時代を考えると「旧インターネット」とでも言ったほうが良いのかも知れない。ハンドルネームを使って、自分の好きなことだけに焦点を当て続けることはもはや旧いことなんだろう。そんなものにすがっているのはもう俺しかいない。それかはてな匿名ダイアリーとかそれくらい。少なくとも、もう俺はすがることしか出来ない。

これ以上生き恥を晒すことはない。もうサイトを全て畳もうと去年の今頃思っていたはずだったのだけど、それって「死」を感じたんだよ。だから俺は未だにこのブログをやっている。更新頻度は高くないが、それでもやっている。自分で自分の存在を消す、「自殺」に近いことが俺にはやっぱり出来なかった。死にたくないから生きている。これはやっぱり死を間近にしたやつにしかわからない感覚。周りに卑下されてもやっぱり生きていたい。そう思っちゃったんだろうな。

インターネットは時代を変えたので、時代の流れに合わせて俺も変わらないといけない。それを俺はずっと前からわかっていたのにずっと出来ていない。やっぱりこれはあの頃のインターネットが俺にとっての居場所で居心地の良いところだったということになる。あの頃なんて絶対にやってこないし、時間は巻き戻せない。ストップボタンのないテープレコーダーは再生されたのなら終わりまで同じ速度で回り続ける。人生とはそういうものだから、だからこそすがっているんだろう。テープの終わりまで回り続けている、オートリバースはないので、そこでおしまい。燻っている時間も俺の寿命だということに気付いている。全部わかっている。全部止まらない。全部終わりに向かって進んでいる。